AI企業のCMといえば、たいていは明るく、なめらかで、便利な未来を見せてくれる——はずだった。ところが、Claudeを作るAnthropicの新しい広告は、その真逆をいった。燃える家から始まり、監視カメラ、ホームレス、鉱山労働者、そして墓地の列。ナレーションはこう問いかける。「AIは信用できるのか」「必要なとき、誰がブレーキを踏むのか」。あまりの不気味さに、ネットはざわつき、OpenAIのサム・アルトマンでさえ“風刺(パロディ)かと思った”とこぼした。
01何が起きたのか
問題の広告のタイトルは「There's hope in hard questions(難しい問いにこそ希望がある)」。TechCrunchやFast Companyなど多くのメディアが報じている。冒頭は暗い映像の連打——燃える家、監視、貧困、そして墓地。中盤からは希望を感じさせるトーンへ切り替わるが、前半の“重さ”を後半で拭いきれなかった、というのが大方の評価だ。視聴者からは「テック企業のCMというより、独立系の心理スリラー映画みたいだ」という声が相次いだ。
02世間の反応
反応は辛辣だった。中でも話題をさらったのが、競合であるOpenAIのCEO、サム・アルトマンのひと言。
評論家からも厳しい声が上がった。
とりわけ物議をかもしたのが、米軍人が埋葬される「アーリントン国立墓地」を思わせる映像に、「必要なとき、誰がブレーキを踏むのか」という問いを重ねた場面だった。神聖な場所を、AIの不安を煽る文脈で使うことへの反発が広がった。
03なぜこうなったのか——“倫理派”の戦略と、その裏目
背景には、Anthropicの立ち位置がある。同社は一貫して、自らを「安全性を重んじる、倫理的なAI企業」——他社(とくにOpenAI)とは違う“良心的な存在”——として打ち出してきた。今回の広告も、その延長線上にある。あえてAIの負の側面や批判に正面から触れることで、「私たちは、この技術が背負う責任を、ちゃんと分かっている」と示そうとしたわけだ。
狙いは分かる。リスクを認める姿勢は、信頼につながりうる。だが今回は、それが裏目に出た。墓地に象徴される“死”のイメージを前面に出した結果、「思慮深い」ではなく「陰鬱で、むしろ不安を煽っている」と受け取られてしまった。Fast Companyは「難しい問いへの答えは、広告ではない」と論じている。“安全ブランディング”が空回りした、興味深い失敗例だ。
04つまり日本の読者にとっては
この一件は、「AIがどう売られているか」を覗く小さな窓だ。そして“安全第一”のブランディングには、実は微妙な綱引きがある。リスクを認めれば信頼は増す。でも、暗さに寄せすぎると、こんどは「不安を煽っているだけ」「良心的なフリだ」と冷めた目で見られる。誠実さの演出は、一歩間違えると、その逆に転ぶ。
だからこそ、受け手側のリテラシーが効く。「私たちは責任ある会社です」という広告もまた、練り上げられた“メッセージ”であり、マーケティングだ。ムード(希望・恐怖・荘厳さ)に流されず、その裏にある中身を冷静に見る。AI企業の自己演出を、そのまま真に受けない——この距離感が大切だ。
とはいえ、皮肉なことに、広告が(不器用ながら)投げかけた問い自体は本物だ。「AIは信用できるのか」「必要なとき、誰がブレーキを踏むのか」——これは、まさに私たちの時代の中心にある問いである。伝え方は大失敗でも、問いは正しい。派手な演出にうんざりしつつ、その奥にある“本当の論点”だけは、しっかり持ち帰りたい。