ホーム/ブログ/文化・言語
文化・言語2026.07.19 · 7分 READ

大学生の大半がChatGPTでカンニング。対面試験に変えたら、平均点が歴史的に暴落した話

みんなのAI勉強会
NY-BASED WRITER

いつもは65〜80点あたりに収まる中間試験の平均点が、ある学期、いきなり96点に跳ね上がった。しかも問題は例年より難しくしたのに、だ。「何かおかしい」——そう感じた教授が期末を対面試験に切り替えたとたん、クラスは崩壊した。18人が即座に履修を取り消し、平均点は48.6点まで暴落。過去最低の数字だった。米ブラウン大学で起きたこの一件が、AI時代の「学び」をめぐる大論争に火をつけている。

01何が起きたのか

舞台はブラウン大学の経済学。20年近く厚生経済学を教えてきたロベルト・セラーノ教授が、この春、試験を「持ち帰り形式(take-home)」にした。ところが採点してみると、例年65〜80点で推移してきた中間試験の平均が96点。難易度は上げたはずなのに、である。多くの学生がAIを使って解答したのではないか——教授はそう疑い始めた。

そこで教授は、期末試験を「対面(in-person)」に変更。証明はできないものの、AIの使用を疑っている、と学生たちに伝えた。すると、発表の直後に何が起きたか。ライター Jürgen Gravestein 氏がまとめた記事(一次ソースは Business Insider と Inside Higher Ed)によれば、数字はこうだ。

  • 18人が、発表直後にただちに履修を取り消した。
  • 9人は在籍したまま、期末試験を受けなかった。
  • 受験した学生のうち3人が0点。
  • 期末試験の平均点は48.6点——この授業で平均が65点を下回ったことは、それまで一度もなかった。歴史的な低さだった。
教授の言葉
We cannot afford to have a society in which a significant fraction of our best young minds think that cheating is OK.
「“カンニングくらい構わない”と考える優秀な若者が相当数いる社会を、私たちは許容するわけにはいかない」。セラーノ教授が語った、この一件の核心。技術の善悪ではなく、“ごまかしが当たり前になること”への危機感だ。

02コミュニティの反応:意見は真っ二つ

r/OpenAIのスレッドは、40近いコメントで白熱した。面白いのは、意見がきれいに割れたこと。まず「対策はもう分かっている」という現場の声。

あるコメント u/throwawayfromPA1701(現実的な解)
The students can use ChatGPT all they want but [have] to actually study and memorize and learn the material if they want to pass their exams.
「教授の友人たちは、対面・手書きの試験に戻している。ブルーブック(答案冊子)を配り、問題は前の黒板に書く。学生はChatGPTを好きなだけ使えばいい——でも試験に受かりたいなら、結局は自分で勉強して覚えて理解するしかない」。宿題やレポートでのAI利用はもう止められない。だからこそ、試験で“本当に身についたか”を確かめる、という割り切りだ。

一方で、そもそも問いの立て方が違う、というマクロな視点も支持を集めた。

あるコメント u/Bbrhuft(もっと大きな話)
This story isn't about honesty and integrity, rather, the majority of the class think by using AI they might hang on a little longer.
「メディアも教授も、論点を外している。学生たちは“AIと競争”している。彼らが数年後に出ていく社会では、AIは教授の出した問題をトップの成績で解けるし、しかも自律的に動くようになっていく。これは誠実さの話じゃない。“AIを使えば、もう少しだけ生き延びられるかも”とクラスの大半が考えている、という話なんだ」。少し暗いが、無視できない指摘。

では、AIがあれば大学はもう要らないのか。そこで「教育の目的」に立ち返るコメントが刺さった。

あるコメント u/Upper_Fig_4650(教育とは何か)
It didn't democratize information. All the information of that class is available online. The class teaches how to understand that information, and the AI failed to do that or the students would have passed.
「教育の目的は、知識と“考える力”を身につけること。今回、AIはその目的を果たせなかった。授業の情報はぜんぶネットにある。授業が教えるのは、その情報を“どう理解するか”。AIはそれを肩代わりできなかった——できていれば、学生は対面試験でも受かっていたはずだ」。

その一方で、「大学のやり方こそ古い、変わるべきは教育の側だ」という声も根強かった。「情報が希少だった時代の名残の教え方を、2026年にまだ続けているのがナンセンス」「AIを締め出すのではなく、教室に入れて“使いこなし方”を教えるべき」——賛否は、AIを敵と見るか、道具と見るかで見事に割れていた。

03結局、何が問われているのか

議論を整理すると、対立の根っこは「AIをどう位置づけるか」に尽きる。宿題やレポートでAIを使うのは、もう止められない(“その船は出航した”とコメントでも言われていた)。争点は、試験のような“身についたかを測る場”をどう守るか、そしてカリキュラムそのものをAI前提に作り替えるべきか、という二点だ。

見落とされがちなのは、「AIで“ズルをした”学生」と「AIで“深く学んだ”学生」は別物だということ。スレッドには、修士論文でAIをあらゆる工程に使ったが、その分めちゃくちゃ勉強して、AIなしよりずっと良い論文になった——という学生もいた。同じツールでも、答えを丸投げするか、理解を加速させるかで、結果は正反対になる。

04つまり日本の読者にとっては

対岸の話ではない。日本の大学や高校でも、レポートや小論文をAIで書く学生は当たり前になりつつあり、教員側は「対面・手書きの試験に戻す」「口頭試問を増やす」といった対応を始めている。今回のブラウン大の顛末は、その未来を先取りした縮図だ。

個人として持ち帰りたい線引きは、シンプルだ。AIに“考えさせて”提出物を作ると、点数は一時的に上がっても、対面で問われた瞬間に地力のなさが露呈する。逆に、AIを“理解を速める相棒”として使い、最後は自分の頭で組み立て直す人は、AIがある分だけ遠くまで行ける。教授の言葉を借りれば、問われているのは技術ではなく、私たち自身が「学ぶこと」をどう扱うか、なのだと思う。

試してみる
AIを“学びの相棒”に変えるコツは、答えではなく「解き方」を聞くこと。「答えを教えて」ではなく「この問題を、私が自力で解けるようにヒントだけ順番に出して」「私の理解が合っているか、逆に質問して確かめて」。同じChatGPTでも、この一言で“カンニング”が“家庭教師”に変わる。
文化・言語CULTURE
NEWSLETTER · 無料メルマガ
毎週、アメリカのAI最前線を日本語で。
毎週金曜、ニューヨークから、AIの「今、本当に何が起きているか」を日本語で。
登録すると、入門ガイドのサンプル(20ページ)を無料でプレゼント。
NO SPAM · いつでも配信停止できます
メールアドレスで登録登録 →